「自動調整機能」についてもう少し。からだには自動的に今一番適した状態を作り出す能力があり命がある限りそれは機能し続けている。からだに起こる変化はすべてその機能に拠ると言っても言い過ぎではない。「自動調整機能」が働くと当人が不愉快だろうが苦痛だろうがからだ全体からすればそれが妥当だとなればそのように変化する。
血圧だってそうだ。血圧が上がるのは上がる必要があるから上がるのだ。つまり正常な状態で血圧が上がるということは単純に考えれば二通りしかない。ひとつは素早く力強く身体を動かす必要に迫られたとき、もうひとつはからだのどこかで今の血圧のままだと組織や細胞が維持できないときのふたつだ。
前者は僕ら人間がまだ人間らしくなかった頃から種を維持するために絶対必要だった機能のひとつに由来する。たとえば人間の祖先がお猿さんの仲間だった頃木陰に落ちていた木の実を拾って食べていたとしよう。もしその時近くの茂みで「カサッ」っと何かが動く気配がしたとしよう。その気配に気付いたご先祖様は「小鹿か!?ライオンか!?」と緊張する。この時血圧は一挙にググッグーンと上昇する。これはもし気配の主がライオンであればそう判断したら瞬時に走り出して逃げなければならない。そのためには血圧を上昇させて瞬間的に最大筋力を引き出して一刻も早く木に登らなければならない。したがって手や足には汗が出る。これはパニックの時に側の木に逃げ登るときに手足が滑らないようにする為には手足が湿気っていた方が万全だからだ。つまり外敵から身を守らなければならないときは緊張し動悸が打ち血圧が上がり、耳はちょっとの異音でも聞き逃さないようになる。(耳の話は後述)
後者を具体的に分かり易い話に喩えると水道事業がよく似ている。私の幼い頃住んでいた町は坂の多い町で山のスロープに沿って段々に家が立ち並んでいて高台の方は夕食の準備の時間帯になると極端に水道の出が悪くなっていた。当然のごとく高台に住む人たちからは水道局にクレームがいく。その時に水道局がすることは本管の水圧を上げることなのだが上げ過ぎると下のほうの家では少しコックを開いただけでも水が激しく出て使いにくい。おまけに本管の漏水や破裂も増えた。現在は坂の途中で水圧を調整できるようにしてあるので昔のようにはないが人間の血液循環はこの昔の水道によく似ていると思う。人間のからだで言えば水道事業は循環器系にあたる。各家庭は組織や細胞にあたる。血液(水)の供給が足りなければ血圧(水圧)を上げなければ細胞が衰えたり壊死したりする。しかし水道と違うのは多くの組織や細胞は複数の血管によって養われているので一本の動脈の循環が阻害されてもまず心配ない。しかし脳神経と心筋だけはただひとつの血管によって養われているのでその養っている動脈の循環が悪くなると必ず組織や細胞は影響される。脳細胞と心筋の状態はどちらも直接生命に影響するのでそこの循環が悪くなれば必ず血圧に影響してくる。
しかしちょっと血圧が上がったからといって慌てることはない。重量挙げの選手なんか競技では400mHg 以上に跳ね上がるが何ともない。血管は筋肉でできているので毎日鍛えていくと400mHg以上でも破けたりしないのだ。普通に適度な運動をしていてもそれは同じ。破けなければ何も起こらない。変に人為的に血圧を下げて流れにくくする方が余程怖い。適当な運動・バランスの取れた食事・精神の安定これが揃っていれば少し高くても心配ない。
患者さんは医師から薬を処方されて効能を説明されるとついその内容を自分の都合の良いように受け止めてしまう。
血圧を改善する薬と言われれば本当にそうなると期待する。血圧が下がれば自分の体の状態はより良い状態になっていると思い込んでしまう。医師でも本気でそう思っている人もいるにはいるが患者さんをよく観察している医師なら自分自身が高血圧症になった時に降圧剤に直ぐには飛びつかないはずだ。運動療法と生活習慣の改善に努めようとするだろう。その理由が何であるにしろ降圧剤を服用するよりもその方がより良い状態を保てると知っているからに違いない。
具体的な話。たとえば脳血管の狭くなったところを広げる作用と聞けば普通ひとはピンポイントで病的になった所だけに効くと思いがちだが実は違う。効き目は液性である。池に薬を投げ込むようなものだ。血管ならどこにだって同じ薬理効果を示す。
血流量が多ければ作用は大きくなるし健常であればその反応も鋭いはず。病的であればその逆だろう。その結果起こる問題は実は怖い。健常な血管がより拡張し更に病的な血管との直径の差が拡がれば結果として物理的に病的な血管に流れ込む血液は益々少なくなる。本来の目的とは真逆のことが起こってしまうことになる。
個人差はあるがこうなった人は悲惨。血流改善のつもりが服薬すればする程に脳虚血状態に陥る。
10年ほど前に大手の製薬会社が出していた脳循環改善剤は大ヒットしてバンバン患者に処方されていたが数年して何故か製造中止になった。原因は精査しなかったみたいだが噂ではこの薬を服用した患者が多数認知症や脳梗塞になったらしい。上の説明どおりのことが起こっていたのかも知れない。 薬の効能を鵜呑みにするのは怖い。