はじめに
鍼灸の臨床において特定の病症に対して著効を示す特定の治療点を特効穴という訳ですが、臨床現場において、はたして特効穴と言われる治療点が実際にはどれほど効果があるのか疑念を抱いた経験がある臨床家も少なくはないのではないかと思います。要するにひとが言うほど著功を示さない場合がままあるということです。そこで、それぞれが特効穴と言われながらもその効果にばらつきがあるのは何故かまたそのばらつきを少なくするにはどうしたら良いかについて以下で喉の痛み(扁桃腺炎を含む)の治療を例にとって考察してみたいと思います。
喉痛の特効穴(便宜上特効穴としましたが以下の中には単に治療点として取り上げてあるものも含んでいます)と言ってもポピュラーな文献や伝承から拾い出すだけでも数十の治療点が挙げられるのです。現実の問題としてこれらすべての治療点を1回の治療で施術していたらいわゆる特効穴の意味をなしません。特効穴は数少ない取穴によって著効を示してこそ特効穴であり何十穴も取穴していたのではどれがその効果に貢献したかは定かではなくなるはずです。「下手な鉄砲も数撃ちや当たる」です。それは臨床家としてはあまり体裁の良いものではありません。それにしても臨床家は特効穴を欲しがります。それは患者を少しでも早く救いたいという気持ちの現われが一番の理由でしょうが著効を示したときのドラマチックな展開が術者にとってもまた快感であるからでもあるでしょう。はたまた、それを経験した患者の評価によって術者のグレードが上がることの営業的な打算もあるでしょうか。とにかく、臨床家は特効穴を欲しがる傾向にあります。私自身は本来の臨床は地道な治療の積み重ねによって良い結果をもたらすことの方が多いと信じています。しかし、何れにしても特効穴を適切に選択することによって速やかに病症に改善をもたらすことができたならば術者にとっても患者にとっても有益なことに違いありません。
喉の痛みも色々ありますが例えば扁桃炎は扁桃輸のいずれかの扁桃に細菌などが感染し炎症を起こしたものを言い抗生物質や消炎剤、鎮痛解熱剤はたまたステロイドなどを投与するのが一般的な西洋医学の治療法です。もし重篤な嘸下困難があれば輸液を目的とした入院治療が必要で長いときは一週間も入院治療が必要な場合もあります。
鍼灸では自然治癒力を高めるように働きかけることで扁桃の炎症を寛解させることができます。東洋医学では古来喉の痛みや扁桃炎の特効穴と言われる経穴は沢山ありますが、いつも同じ経穴では旨くいかないことが多いのです。これは扁桃で言えば厳密には口蓋扁桃、舌扁桃、耳管扁桃、咽頭扁桃によって扁桃輸を形成しそれぞれの扁桃を複数の経絡が交通している為と考えられます。つまり一言で喉と言ってもその部位によって経絡的にみればそれぞれ異なる経絡によって影響されているので、炎症を起こしている部位がどの経絡に影響されているかによって旨くいったりいかなかったりするのだと想像できます。従って経絡の流注を正確に把握して、その部位の炎症がどの経絡変動によって起こっているのかを正しく弁証しなければより短い時間で確実に治癒に導くことは難しいことになります。
流注と特効穴について
喉の周囲を循っている経絡は霊枢によれば次のようになり、全ての経絡が関わっているのがわかります。治療穴を求める時にどの経絡に由来するかをよく見極めなければなりませんが流注をよく把握しておけば問診の情報だけでもかなり正確に求める経絡を見出すことが出来ます。診脈力が無くても経絡治療は矛盾無くできるものがほとんどです。よく問診をしましょう。特効穴としてよくとりあげられている経穴も併せて挙げておきます。
1) 手の太陰肺経
流注)
「‥‥膈を上って肺に属し、肺系より横に腋下に出で‥‥」<経脈篇>
「‥‥上って缺盆に出で、喉嚨を循り‥‥」<経別篇>
*肺系というのは肺のつり糸つまり喉から気管にかけてのことと解釈される
喉嚨とはのど・気管・声帯のこと
肺は鼻に開窮するので咽頭扁桃とかかわると思われる
経穴)
少商穴:井木穴。ノドの腫れ。血絡を認めるとき。病証が風寒の外邪によるとき。
魚際穴:栄火穴。ノドの乾くとき。経筋の結ぼれで血絡を認めるとき。
太淵穴:兪土原穴。ノドの乾くとき
経渠穴:経金穴
列缺穴:絡穴。奇経八脈の任脈で奇経八総穴の一つ。陰蹻脈の照海穴と組み合わせる場合も多い。ただし奇経八脈の選穴の場合一番病証と合うものを取ることが大切であるから列缺穴とは限らない。病証が風寒の外邪によるとき。ノドの病一般
孔最穴:郄穴。
尺沢穴:合水穴
2) 手の陽明大腸経
流注)
「‥‥肺に属し、上って喉ロウを循り‥‥」<経別篇>
経穴)
二間穴:栄水穴
三間穴:兪木穴
合谷穴:原穴。病証が風寒の外邪によるとき
陽谿穴:経火穴
曲池穴:合土穴
3) 手の少陰心経
流注)
「‥‥心系より上って咽を挟み‥‥」<経脈篇>
「‥‥上って喉 に走り‥‥」<経別篇>
*咽はノドで口をあけて見えないところのことで、扁桃でいえば舌扁桃の辺りになる
経穴)
少府穴:栄火穴
神門穴:兪土原穴
霊道穴:経金穴
4) 手の太陽小腸経
流注)
「‥‥心を絡い咽を循り‥‥」<経脈篇>
経穴)
少沢穴:井金穴
前谷穴:栄水穴
後谿穴:兪木穴。奇経八脈の督脈で奇経八総穴の一つ。手の太陽小腸経は大椎穴で督脈と交会している。大椎穴も有効な治療穴である
5) 手の厥陰心包経
流注)
「‥‥別れて三焦に属し、出でて喉 を循り‥‥」<経別篇>
経穴)
労宮穴:栄火穴
6) 手の少陽三焦経
流注)
明記されてはないが経脈篇の病証の段に「‥‥嗌腫れ、喉痺す‥‥」とある。
*嗌はノドで口をあけて見えるところのことで、扁桃でいえば口蓋扁桃の辺りと思われる
経穴)
液門穴:栄水穴
中渚穴:兪木穴
外関穴:絡穴。奇経八脈の陽維脈で奇経八総穴の一つ
翳風穴:血絡を見ることがある
7) 足の太陰脾経
流注)
「‥‥膈を上って咽を挟み、舌本に連り、舌下に散る‥‥」<経脈篇>
「‥‥上って咽に結び‥‥」<経別篇>
*咽や舌本であるから舌扁桃の辺りと考えられる
経穴)
隠白穴:井木穴
商丘穴:経金穴
公孫穴:絡穴。奇経八脈の衝脈で奇経八総穴の一つ
8) 足の陽明胃経
流注)
「‥‥大迎の前より人迎を下り喉 を循り‥‥」<経脈篇>
「‥‥上って咽を循り口に出づ‥‥」<経別篇>
*扁桃炎に足の陽明胃経が関わっていると大迎穴や人迎穴付近に血絡をみることが多い
経穴)
厲兌穴:井金穴
陥谷穴:兪木穴
梁丘穴:郄穴
9) 足の少陰腎経
流注)
「‥‥肺中に入り喉 を循り、舌本を挟む‥‥」<経脈篇>
「‥‥直なるものは、舌本にかかわり‥‥」<経別篇>
経穴)
然谷穴:栄火穴
太谿穴:兪土原穴
照海穴:奇経八脈の陰蹻脈で奇経八総穴の一つ
10) 足の太陽膀胱経
流注)
直接の流注はない。経別篇の腎経の流注に於いて「‥‥ふたたび項に出で、太陽に合す‥‥」とある。また子午関係に於いて肺経とかかわり、奇経八脈に於いては陽蹻脈と督脈に於ける関係によって喉と関わりを持っている
経穴)
申脈穴:奇経八脈の陽蹻脈で奇経八総穴の一つ
11)足の厥陰肝経
流注)
「…嚨の後を循り、上って頏顙に入り、目系に連なり‥‥」<経脈篇>
*頏顙とは咽頭と後鼻孔のつながるあたりのことであるから咽頭扁桃、耳管扁桃と関わると思われる
経穴)
行間穴:栄火穴
12)足の少陽胆経
流注)
「‥‥心を貫き以て上って咽を挟み頤頷中に出で面に散じて‥‥」<経別篇>
*頤頷中とは下顎と上顎の間のことで足の少陽胆経が関わる扁桃炎のとき血絡がよくみられる
経穴)
臨泣穴:兪木穴。奇経八脈の帯脈で奇経八総穴の一つ
以上が扁桃輪を交通する経絡流注と扁桃炎の治療に好しとされる特効穴のおおよそのところですが、ここに挙げなかった井穴や督脈や任脈などにも特効穴となりうる経穴があります。どちらにしても十四経絡全てが扁桃と何らかの関わりを持っているのですから眼の前にした扁桃炎がどの経絡変動に起因しているかを弁別する必要があります。そのためには病証診断が非常に有効な手がかりとなります。また喉の病症は経絡変動が起こってその病証がたまたま扁桃にかかわっているだけですから、ただ単に扁桃を攻めることに終始せず経絡変動を是正しなければなりません。そうすることによって自動調整能力(免疫力)が高まり迅速に緩解治癒へ導けると思います。
参考)
「喉は肺に通じて、気の往来を主どる。気、欝結して、上にのぼり、頸の間に血熱をたくはえ、血余りて喉痺を病む。また手の少陰、少陽の二脈も、喉気に並ぶ、火は腫脹を主る、故に熱。上焦に客して咽嗌はるる。
或いは、腫れ痛み、或いは瘡を生じ、或いは紅に腫れ、核を結び腫れ痛み、或いは閉塞り言うこと能わず、ともにこれ風熱、痰火なり」<鍼灸重宝記>
「喉痺の脈、両寸浮洪にしてあふるる者は上盛んに、下虚す。脈微伏を忌む。曰く尺脈微伏は死す。実滑なる者は生く。咽喉は気の呼吸、食の出人乃ち人身の門戸なり。喉舌の病は皆火熱に属す。数種の名ありと言えども軽重の異いにして火の微と甚だしきとなり。微にして軽き者は緩に治すべし。重くして急なる者は惟砭鍼を用いて血を刺して上策とすと見えたり。」<脈法手引草>