MT温灸器という温熱治療器の熱源に使う「ねりもぐさ」を使った灸治療を紹介します。(写真参照)
「ねりもぐさ」の効能は従来の「艾」を使ったお灸と何等変わりはありませんが「艾」にはない優れた特徴が幾つかあります。以下にそれを列挙します。
- 瘢痕が残らない
- 施術に技術を要さないので家庭での治療が簡単
- 患者が簡単にツボの存在を実感できる
1.の瘢痕が残らない理由は直接焼灼しなくても輻射熱によって点灸と同じような温度変化を得ることができるからです。やり方は簡単で予めマジック等で穴所に目印を付けておき点火した「ねりもぐさ」の尖端をそこに近づけるだけですから火傷になりません。近づけ方を工夫することで温灸的な温熱効果から直接灸(七分灸)的な効果まで得ることができます。
2.技術が要らないと言うのは「艾柱」を揉んだり穴所に立てたりする手間がなく印に近付けるだけで良いからです。
3.ツボの存在を実感できるというのは従来の直接灸は瘢痕の上に繰り返し施灸するのに対して「ねりもぐさ」の場合は印の付近(半径3-4mm)に亘って照射の位置をずらしてみると必ず他とは熱感が違うところがあります。おそらくそこは温点なんでしょうが患者さん側からすればよく染み入る刺激として感じます。そこがツボだと意識を誘導すれば治療意識が高まります。経験から判断すればツボと温点はかなり近いところにもしくは同じ場所に位置するのではないかと思うので科学的に証明はされていないですがそれを患者さんに「強く感じているところがツボですよ」と言ったとしても全く嘘にはならないと思っています。
「ツボを感じる」もうひとつの利点は患者さんが自ら施灸した場合はこのツボの位置を正確に把握しながら出来るという利点です。実はこの利点こそが「ねりもぐさ」の最大の特徴です。これが有る故に患者さん自身が自宅で行う灸治療への意欲が高まります。臨床家は患者さんに灸点を下すときに患者さん自身でできる範囲のツボの組み合わせを考えてあげると良いと思います。幸い四肢には重要なツボが沢山あるのでこれらを旨く組み合わせると自宅でかなりの治療効果を得ることができます。
- さて鍼灸師には視力障害を持っておられる方も多くおられます。そういう方々は鍼灸師と言いながら実際には灸治療は自分ではできませんでした。しかし「ねりもぐさ」の灸治療はその手さばきが鍼治療の手さばきと良く似ているのでもしかしたら視力が無くても「ねりもぐさ」を使えば灸治療ができるかもしれないと思いました。しかし私は幸か不幸か視力があるのでいくら私が視力が無くても灸治療ができますよと呼びかけたところで説得力がありません。やはり実際に視力のない鍼灸師の先生に使ってもらって視力のない時の手さばきを工夫してもらわなければならないと思いました。当時お世話になっていた研究会の仲間で松尾光敏先生は視力障害者ですが技術も確かで何より進取の気性に優れている方なので彼に託せば何とかなると思って「視力障害者が誰でもできるねりもぐさ灸の手さばき」を研究してくださいと丸投げしました。以下はその松尾光敏先生のレポートの抜粋です。視力障害のある鍼灸師の先生方には必読の一文です。
- 「ねりもぐさ」を利用した視覚障害者による灸治療
はじめに
東洋医学における治療の中で大きな柱として鍼治療がありますが、その柱を支えるものとして大
きな役割を果たしているのが灸治療ではないでしょうか。事実今日まで数多くの灸による治療法が
伝えられており、現在も多くの治療家が灸を応用した治療を行っています。そして、その応用範囲
の広さと灸ならではの確かな効果がそれを示しています。しかし、これらのことを知りながらも視
覚障害のために自ら灸治療をすることを断念されていた人が沢山おられたと思いますし、また私自
身もその1人でもありました。
今までにも視覚障害者が灸治療を行うためのものは、いくつか考案されてきましたが、時間と手
間の掛かる器具を使用するものでした。私自身いくつか購入し試したこともありましたが、視覚障
害者用に開発されたものはもとより、それ以外のものでも、患者の多様な訴えに対応し、迅速に行
えるような治療家の実用にかなうものは無かったように思います。
このような中、ずっと思ってきた「視力が無くても自ら灸治療をすることができる」願いが叶う
方法を思いつくきっかけを与えてもらいました。
それは、私が以前に所属していた研究会の治験発表で古賀信一先生が「ねりもぐさの応用」を発表
されたのがヒントになったものです。
この古賀先生の方式を簡単に説明させてもらいますと、点火した棒灸である「ねりもぐさ」を目的
の皮膚面に近づけたり遠ざけたりするなどして、いろいろな手さばきにより目的に応じた各種の温
熱を与えるというものでした。しかし、私のように視力がないものが、燃焼している「ねりもぐさ
」を、そのまま使用して安全且つ効果的に行うことは非常に困難なことです。それで閃いたのが、
瓶の蓋の様な金属製の網を利用することでした。
それから試行錯誤の末、治療室で使えるものとしてできたのがお茶こしの網を使い皮膚に接する面
をガーゼで覆うものになりました。これは、とても安価で簡単に作製できるもので、私としては「
ねりもぐさ」専用のMT温灸器やその他の施灸器よりも使えると自信のもてるものができたと自負
しています。
そこで、私が実践している助手がいなくても視覚障害者自ら行うことができる実用的な灸治療を
紹介させていただきます。
1 「灸ネット」と「ねりもぐさ」
これより、現在私が臨床で行っている灸治療を説明しますが、使用するお茶こしで作製したもの
を「灸ネット」と名付けて表すことにして、先ずこの「灸ネット」の作り方と「ねりもぐさ」につ
いて説明します。
「灸ネット」の作製方法
用意するもの
1:茶こしネット
2:ガーゼ
3:輪ゴム(小さいものが作製しやすい)
4:作製時の道具として単4電池かまたはそれに似たような硬い棒状のもの
この茶こしネットは、お茶をいれるときの急須の中の小さい穴が沢山ある出口のところにとりつ
けて、お茶を注ぐときに茶の葉が出てこないようにするための、きめの細かい金網でできたもので
す。この種のものは、大小直径3センチ程で2種類ありますが、構造的には同じで、どちらでも利
用できます。しかし、実際の使用に際しては大が適しています。
この茶こしは、急須を販売しているところが購入しやすく、最近では近くの瀬戸物屋で購入し価格
は、一個大が150円でした。
作製方法
1:この茶こしには急須の中にとりつけるための針金がついているので、この針金を取らなければならない。そこで、外側の底にあるぼっちをつまんで引き抜いて取り去る。
2:引き抜いた針金が付いていた部分の毛羽だったところを平らにするために、固い平らなところで電池のマイナス側などを利用して軽くたたき、指で触っても刺激がこないようにする。
3:針金を引き抜いた状態の形のままでも使えるが、なるべく経穴をねらえるように皮膚面に当たる底の部分を1センチから5ミリ程の大きさに尖らすために細い棒や指先を茶こしの中の底面の中心に当てて、その外側を指でつまむようにして円錐形状にする。この際、慎重にしないと網が破れるおそれがあるので、少しづつ形を整えるようにする。
4:温度の調節と皮膚に金網が直接接触しないようにするためにこの茶こしの外側全体をガーゼで覆う。そこで茶こしの縁のプラスチックでできた部分の外側にある溝を利用して輪ゴムで2枚に重ねたガーゼを弛まないようにとめて縁からはみ出しているガーゼを切り取れば完成。
なお、「ねりもぐさ」の燃焼部を間違って縁に当てても変形させにくくするための方法として、縁からはみ出しているガーゼを切り取る際に、縁から2センチほど余して切り取り、余ったガーゼを灸ネットの内側に折り曲げてプラスチックでできている縁をガーゼで覆うようにしたり、厚手のアルミテープで覆うようにするとよい。また、取り付けるガーゼは2枚が温度のコントロールといくつかの使用法にも対応しやすく最適だと思うが、先ずは自分の体でいろいろ試していただきたい。
2 実際の使用法
これから説明する具体的な使用法は、その治療目的により知熱灸的な手さばきと直接灸的な手さばきに分けて説明します。
先ず、鍼をする場合の刺し手にあたる手に点火したねりもぐさを鉛筆を持つような形で持ち、押し手にあたる手の母指と示指で灸ネットの開口部を上にして、その縁を軽く持って行います。
(1) 知熱灸的な手さばき
(知熱灸的方法1) 「灸ネット」のガーゼで覆った側の尖らせた部分を目的の皮膚の部位に軽く接触させ、そのまま支持した状態で燃焼している「ねりもぐさ」の先端を灸ネットの中に挿入する形で皮膚面の1センチ程度まで軽快に近づけたり遠ざけたりするのだが、この際一番近づけたときに一時的にとどめる要領で「すーっすーっすーっ」というように10数回程行う。
(知熱灸的方法2) 「灸ネット」を同じように目的の皮膚面に軽く接触させておき、そのまま支持した状態で燃焼している「ねりもぐさ」の先端を「灸ネット」の中に挿入する形で皮膚面に当たっているところの底面に軽く接触させ、素早く皮膚面より1センチほどまで引き戻し、2・3呼吸とどめて温熱を与える方法もできる。目的によっては、これを数回行う。
(2) 直接灸的な手さばき
(直接灸的な方法1) 「灸ネット」のガーゼで覆った方の尖らせた部分を目的の経穴に軽く当てて支持し、燃焼している「ねりもぐさ」の先端を「灸ネット」の中に挿入する形で経穴に接触しているところの底面に極軽く軽快な手さばきで「トントントン」というように数回から10回程度連続的に接触させて温熱を与える。
(直接灸的な方法2) 「灸ネット」のガーゼで覆った方の尖らせた部分を目的の経穴に軽く当てて支持し、燃焼している「ねりもぐさ」の先端を「灸ネット」の中に挿入する形で経穴に接触しているところの底面に極軽く軽快な手さばきで「トントントン」というように3回から5回程度連続的に接触させる。そして、さらに続けて底面に接触する直前まで近づけて一時的にとどめる要領で3回から5回程度近づけたり遠ざけたりして温熱を与える。
なお、今回紹介した方式を実際に行う場合には、当然目的や患者の感受性や使用する経穴の違いにより、手さばきの早さやその回数は臨機応変に変化させて対応します。
※ 先の説明で灸ネットの底面に「とんとん」と点火したネリモグサを当てるとい
う強さは、たとえるならば、寸三の2番程度の鍼を軽くもって鍼先を治療用ベットなどに
当てて、鍼がたゆまない程度で行います。
また、患者を扱う間に、「ねりもぐさ」と「灸ネット」の灰は適宜落としながら行います。さらに、私は視力が0であるため「ねりもぐさ」の点火と消火を素早くするためにライターに工夫し、小さな容器に極少量の水を用意しています。これにより、一瞬に消火でき、必要とすれば、消火した直後でも再度すぐに点火できます。
※この点火と消火については、最後に補足で詳しく説明しています。
「灸ネット」は使い方にもよりますが、本体である茶こしが傷まない限りガーゼを50人程度を目安に交換し掃除して使えば、何回でも再利用できます。
3 治療量の目安
前もって「強く来たらいってください」と告げて施術しており、ほとんど患者が告げる前に身体の反応で治療量を判断できます。しかし、中には我慢強い患者もいます。そこで、手さばきの早さや穴にもより微妙ですが、先に示した2枚のガーゼで作られた灸ネットを使用した現在のところの私の治療量の目安を次ぎのようにしています。
(知熱灸的な応用)
先に説明した知熱灸的方法1においては、一度に行う手技を、やや早い手さばきで、その回数を15回程として5回に1回程度底面に軽く接触させる。
より穏やかに行う場合は、知熱灸的方法2によって同じ手さばきを3回程度行ったり、知熱灸的方法1で、はじめの1回のみ底面に軽く接触させて、後は近づける方法のみで8回ほど行う。必要に応じてこれを2回ほど繰り返す。小児の治療ではこれらの回数を半分程度としている。
直接灸的な応用
直接灸的な方法1では一度で連続的に接触させる回数の限度を大人で四肢においては陽経で9回陰経で7回・体幹部においては陽経で9回陰経で5回。小学生は大人の半分。6歳以下は大人の3分の1程度。
直接灸的な方法2では、接触させる回数と近づける回数の順で、陽経では3回と5回。陰
経では2回と3回。小児では、これらの半分程度。
4 改善点とその対応
現在思う改善点としては、灸ネットの本体が金網であり特に直接灸的な使用法をした場合、熱をもってしまうことです。できることなら、本体の網の材質を過熱しないものにできれば理想的だと思っています。
そこで、対応としては、次ぎの部位への施術を行う前に灸ネットを自分の手掌や前腕内側に当てて冷えたのを確かめて次ぎの施術を行います。このようにすることにより目的とする正確な熱量を与えることができます。熱がとれるまでに時間がかかりそうですが、ほとんどの場合の治療においては数秒で次ぎの治療に移ることができます。かなり熱くなったと感じた場合でも十数秒程度で冷えます。
(補足)
利用法の説明の中でのネリモグサの点火と消火ですが、先ず、ライターの火口の横にカーテンを吊す針金でできたフックをラジオのアンテナのようにテープで付けています。これで、ネリモグサの先をここに当てることで、確実に素早く点火させることができます。
また、小鉢に極少量の水ヲ用意しておき、消化する方法ですが、下が小さくなっている、お酒を飲むときのお猪口に底から1センチ
ほどのみずを入れておきます。これに、火がついているネリモグサの頭を、一瞬入れると「ジュ」という音がして消えます。しかし、この後でもすぐ再度点火できます。
今は、ホテルの客室に用意されていたウイスキーのローヤルの小さなボトルに金属のネジを瓶の首の下くらいまで詰めたものを用意していて、これにネリモグサの点火した方を差し込んで消化しています。
この小瓶の口がネリモグサの大きさと同じくらいで、大きすぎず小さすぎずちょうどよく重宝しています。
これらを使うことで、点火と消火が晴眼者と同じように簡単にできます。実際の臨床において、この点火と消火が素早く確実にできるかどうかは、とても大事なことです。
これらのことがスムーズにできないと、患者の印象も悪く、本当に利用できているとはいえません。ちなみに、私は、点火済みのネリモグサとライターは常に二つ用意しておきます。