鍼という道具の役割を説明するとき多くの経絡治療家は「気血の調整を行うため」の道具であると言います。そして彼らは患者さんに不足している気があればそれを術者が刺鍼技術によって気を外から注入(補う)することが出来ると言います。私も経絡治療を学び始めてしばらくはその説明を鵜呑みにして信じていました。しかし臨床を重ねるにつれどうもそうではないのではないかと感じるようになりました。
そう感じるようになった理由は10年も20年も切磋琢磨して刺鍼技術を磨いた先輩方がそれほど驚くような結果を導き出せていない事実。反面大して学術ともに磨いているとは言えない鍼灸師であっても時と場合によっては素晴らしい成績をあげたりする事実。
経絡治療の大家として知られる井上恵理先生の言葉だったと思いますが「鍼は効きすぎて困る」と言われたことがあります。その意は鍼の効果を喜んでではなく「あまり学術を磨いていない者でも時として素晴らしい臨床成績を上げることがあるのでそれを良いことにして切磋琢磨しないものが多すぎる」と一部の鍼灸師の怠慢を嘆いた言葉でした。
この話でも判るように刺鍼技術がそれほどでもなくても鍼の効果が出るということは鍼の効果を得るための条件に刺鍼技術が必ずしも必須ではないということを現していると思っています。
現在、私は鍼治療で患者さんのからだの外から気を送り込んだりすることは平凡な鍼灸師には到底出来ないと思っています。
ではどのような時に鍼の効果が得られるのかと言えば「効果の出る経穴を選ぶ」「選んだ経穴に的確に刺鍼する。外さない」ことが必須条件だと思っています。
そうすることによって私の言う「自動調節機能」が働き「経穴ゲートスイッチ理論」「補瀉論」「気論」で説明するように「足りないところに自動的に足りているところや調整湖(奇経)から気が流れ込み」または「有り余っているところから足りないところや調整湖(奇経)に不要な気を誘導する」という反応が起こって体全体のバランスをとっていると思っています。
使うスイッチ(経穴)は1箇所で済む場合もあれば複数のスイッチを使う場合もあります。
この方法をとれば無駄な鍼を減らすことが出来ます。.一般的な経絡治療では本治法を一番重要だと考えていますがそれに拘り過ぎて唯の一鍼で済む症例のドラマチックな場面をみすみす逃してしまっています。