経穴ゲートスイッチ理論のひとつの柱である「気論」ですが東洋医学を良く知らない方々からすれば「それがどうしたの?…で?」というような次元の話だと思います。

しかし、古典理論(経絡治療)を基に東洋医学を研究してきた私にとってこの考えを公にすることのハードルは随分高いのです。大げさに言えば経絡治療家にとって「正気も邪気もない。あるのは気だけ。問題はその量なのだ」という考えは「ガリレオがコペルニクスの地動説を公に支持すること」くらいの意味をも持つのです。

気という概念が実はどのような実体なのかはたまた実体があるのかないのか計量する術があれば白黒はっきりするんでしょうがまだ東洋医学の概念をすべて証明するだけの科学技術は今はまだありません。科学技術が進んできて「気」というものの存在の有無が明らかになったり、もし存在したとしてその計量が可能になったあかつきには二千年来信じられてきたことも私が考えている「経穴ゲートスイッチ理論」も全くの当て外れだったとなるかもしれないのですがそれはそれで私は一向に構わないと思っています。
しかしそういう時期が来るまでの便宜として単純な技術を使ってより有効な治療効果を得るには「経穴ゲートスイッチ理論」は役に立つと思っています。

「経穴ゲートスイッチ理論」で運用すれば邪気を瀉すには鍼の向きがどうとか正気を補うには押手がどうとか拘ることに意味を見出さなくなってしまいますしそういう拘りがなくても選穴・取穴が正しければ結果が出せるということに気づかされます。

要は病症の原因になっている経絡を絞り込むことさえ出来れば、後はその経絡に影響のある経穴を選ぶだけです。


keiraku2009ss



選ぶ方法には新旧の色々な理論を駆使したり自分のセンスを試したり「宝探し」には色々なアプローチがあるはずです。