7月の学術交換会での症例。
メンバーのY先生がまだ見えてなかったので先に来ていた先生方と談笑している時のこと。
T先生の様子が変なので聞いてみると「腰が痛い」らしい。
「なんか辛そうですね。見てられないからY先生が来られる前に治療してあげましょうか?」
「どんな風に痛いんですか?」
「左の腰が立ち屈みや寝返りに痛むんです」
「捻ると痛いのかな?それとも曲げ伸ばし?」
「どちらかというと捻ったら痛い」
「ズキズキ痛みます?」
「いやそれはないです。安静にしていると大丈夫」
「痛いのはどの辺り?」
「ここら辺(胸椎12番目から腰椎1番目・膀胱経で言えば二行線)」
「いつごろからですか?」
「多少違和感があったのは随分前からですが酷く辛くなったのは先週半ばからかな…先の日曜日には〇△学会の支部会で治療してもらったんですが…」
「あんまり良くならないんで昨日はストレッチをしてみたら少しは軽くなったんですが…」
T先生に問診している間T先生の動きを観察していると痛みを確認するためにしきりに腰を動かしている。
つまり捻ると痛くて可動域が凄く狭いんだけれども衝突的な痛みではないのが良く判る。ズキズキする痛みが無いし衝突的な痛みでもないので筋のひきつりがあるのは間違いないが実際に傷ついている範囲は小さいはずだ。おまけに昨日ストレッチをしたら少し良かったというから可動域が狭まっているのも筋の引きつりがあるからに違いない。
こんな症例を目の前にすると臨床家の血が騒ぎ出す。だって腰痛治療が苦手な僕(早い話が下手くそ)でもポイントゲットできるチャンスの到来なのだから。
脈診してみると結代がありやや洪で革。T先生は不整脈があってそれが原因で最近軽い脳梗塞を起こして少し舌がもつれるようになってしまわれた。それにしても今日は舌のもつれがいつもより強い。
病症の現れている範囲を診ると帯脈に沿っているので「曲げ伸ばしにも痛い」と言っても帯脈の病症にひっくるめても構わないと思った。
普通なら直ぐに帯脈絡みで「臨丘‐外関」に飛びつきそうだが脈状を鑑みるとそのまま帯脈に手をつけても脈状にまで影響する鍼になりそうにない予感がした。
では?どうする?
T先生の話を振り返るとしばらく前から腰がおかしかったということは胆経に何らかのストレスが続いていたと考えられる。直ぐに思いつくのが不整脈だ。西洋医学で不整脈と腰の痛みを関連付けて語ることはまずないと思うが東洋医学では関連がある。
不整脈(結代)を起こす原因になっている心経と腰痛が起こっている胆経は「子午関係」によって強く関連付けることができるのだ。T先生の脈状は初めて診る訳ではないので今日の脈状に現れている「結代」がいつもより強いことと舌のもつれがいつもより目立つことに注目した。心の変動が最近続いているとしたら。それが子午的に胆経に及んでいるのかもしれない。
もしそうなら胆経(または帯脈)へのアプローチを心経絡みですれば脈状も良くなるかもしれない。
神門穴を使ってみよう…
ステンレス3番1寸で5㎜ほど刺入して和的に手技して待ってみた。しばらくすると押手の下が脈打つ感じがし始めたので一旦抜鍼して脈状を診た。跳ねたような硬い脈状が落ち着いて伸びが良くなっている(長じた)。結代も減っている。
「ちょっと起きて腰の痛みを確認してみてください」T先生起き上がろうとしたがまだ痛みがあって少し辛そうにしながらベッドから降りた。
ベッドから降りた後、からだを動かしながら遠慮がちに
「少~し、軽くなったみたいです」
おそらく本人が言うほどには軽くなったとは感じていなかったと思うけれど、見ていると動かしている可動域がかなり広がっているから効果が出ているのは間違いない。しかし、可動域が広がってはいるが本来の可動域よりはまだ狭いから途中からは痛みが生じているはずだ。そこで生じてくる痛みは先ほど術前に確認した痛みとあまり変わらないはずなので本人はそれほど改善しているという実感はないと思う。臨床現場ではよくあることだ。
次にもう一度ベッドに戻ってもらって今度はストレートに左の足の臨泣穴に刺鍼した。神門穴と同じように和的に行った。もう一度検脈。艶が出てきた。ベッドから降りてまた確かめてもらう。
「どうですか?」
「ああ。。。今度は大分良かです。」
「ここら辺に(痛みが)残っとっです。」と言って左胃倉穴辺りを触っている。
経穴ゲートスイッチ理論で遠隔的に経絡の不調和を改善すると本当に傷んでいる部位が浮き彫りにされてくることが多いのでそうなればと思っていたが今がその時。
今度は現場(傷ついている場所)に手を付ける段階になったと判断した。
川の氾濫の対策も同じだが水門や堰を開閉して流れをコントロールしながら氾濫した現場の土砂を取り除いたりしなければ完全復旧には至らない。今の2鍼(神門・臨泣)は水門や堰を開閉するスイッチにあたる。水流を調整できたら次は現場の修復だ。胃倉付近の硬結に向けてステンレス1番寸6を刺鍼した。
もう一度ベッドから降りてもらう
「ほぅ!あっ。。。大分良いです。ほとんど取れてる」
「強いて言えばどの辺りに残っていますか?」
「ん。。。この辺りです」と右の腸骨髎・仙腸関節寄りに手をあてている。
その辺りを診ると確かに鬱積したような浮腫があるのでそこにもう1鍼。ステンレス1番寸6。
「あらっ!?もうほとんど取れました!」
「痛くない」
いつの間にかT先生舌の強張りも緩んでスムーズに発音している
以上4鍼で終了。
この症例は最初に遠隔的な取穴を採ったが経絡治療を採らない鍼灸師ならそのまま痛みが起こっている左胃倉穴付近に鍼をするところで、それだけでもおそらくちゃんと結果は残せると思う。しかし経絡的に傷害された経絡に絞り込むことで単なる腰の痛みの治療から全身的な治療のひとつとして捉えることが出来る。加えて鍼数を減らしたり治療効果の持続をより期待できると思う。
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「臨床経絡」入門
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2.十二の都市を持つ国の話(経穴ゲートスイッチ理論による)
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