切羽詰まった声で
「目が動かなくなって病院で治療しているのですが一向に改善しません。鍼でなんとかなりませんか?!」
なんとかなるかもしれない。
なんともならないかもしれない。
状況によって得られる結果は随分違う。
TVのお薬のCMのようには言い切れない。
とにかく診せてもらうことにした。
主訴)
右眼球が内側に向いたままでものが二重に見える。
現病歴)
2012/7 /18
風邪を引いて熱がでたのだが翌日目が覚めてみたらものが二重に見えるようになっていた。鏡を見ると右の眼が内側によってしまって右眼は真っ直ぐものを見つめられないようになっていた。
驚いてかかりつけの内科を受診、脳神経由来の可能性を鑑別するために 市内の脳神経外科に回された。頭部MRI・MRA画像診断・頸動脈エコー・脳血流測定・脳波・平衡機能検査を受けたが脳に関しては異常なしだった。斜視の程度は遠位で40°以上、像のずれは計測不能。
しかし症状から判断して外転神経麻痺と診断され治療のため入院しステロイド療法を開始した。
2012/8/3
脳神経外科の紹介で国立の神経疾患専門の医療センターに転院。
サルコイドーシスの疑い後に否定。
ステロイド療法を継続(通院)。
2012/8 /9 改善が見られないのでフィッシャー症候群の疑いで近畿大学に検査依頼したが陰性。
2012/8/27 症状の改善が思わしくないので更に精査の為に医療センターに検査入院。頭部造影MRI・頭部CT・アイソトープ検査・髄液検査。
検査結果は異常は認められなかったが入院の2週間もステロイド療法を続けた。退院後もステロイドを処方されている。
既往歴)
甲状腺腫摘術(大分・N病院)
甲状腺腫摘術による甲状腺機能低下でチラージン服用中
治療経過)
初診)2012/10/20
斜視がひどく、二重に見えてつらい。病院で色々検査はしたが改善が十分にない。このまま治らないかと不安になっているところに鍼灸治療が有効であると聞いたので受診してみることにした。
所見)
いくつかの医療機関での検査結果を踏まえてのことだが右眼が大きく内眥の方向に傾いてしまっているのは脳内の問題ではなく鋭眥を巡る肝経・胆経・三焦経・小腸経の変動によって右外転神経が麻痺したことが強く関わっていると思う。
脈診してみると肝の脈に牢脈が強く出ている。
患者も内眥の奥に引き攣る感じがあるという。
切経)
患者の右乳突筋前縁の奥に強い緊張感がある。軽く押すととても痛いという。ここは肝経の流注。
治療方針)
発症が2012年7月8日だから既に3か月半が経っている。神経がやられて機能を失った場合その回復力が大きい時期は極短い。その早い時期に鍼灸治療をすればよい結果を導き出すことも多いのだがその期間は印象として障害直後から1週間以内が一番望ましい。3か月半はちょっと厳しいかもしれないが個人差もあるので可能性がないとは言えない。とにかくやれることはやってみようと思う。
治療)
肝の見所に強い牢脈があるのでこれを取ってみようと思う。左太衝穴にステンレス0番八分鍼を刺鍼した。
この一鍼は検査の一鍼でもあり治療の一鍼でもある。もし患者が何も感ずることがなければ見掛けは肝の変動由来のように診えて実はそうではないということになる。診直す必要がある。その一鍼で患者が何か感じるものが得ることがあれば間違いなく肝の変動が関わっていることは間違いないだろう。その一鍼は診立ての妥当性の証でもあり治療の一鍼でもある。
和的に手技しながら患者に今の状態を聞くと眼の奥の引きつった感じがしなくなったという。
標治的には完骨・瞳子膠・絲竹空・攅竹に置鍼。人迎・扶突に和的に刺鍼。
家庭では左合谷(面目は合谷)・右三里(肝経に通ず・眼に通ず)・左太衝(肝経)にねりもぐさのお灸とリハビリの筋トレをしてもらうことにした。
リハビリ)
顔面神経麻痺もそうだが病院ではほとんどリハビリを指導しない。しかし、リハビリをするのとしないのでは治療効果に大きな差が出る。僅かでも神経が生き残っていればリハビリに筋トレをすることでその賦活力は大きくなる。また仮に神経が100%損なわれていても残った筋肉で代償的な運動ができるようになることもある。
筋トレの方法は簡単だ今回の場合、患者は右方向に眼球を動かすことができないのだがそのできないことをやるしかない。右が殆ど動かなくても左の眼球は動くので今自分が脳からどんな運動の命令を出しているかは実感できる。四肢のリハビリも健常側も一緒に行う方が効果が大きいが目の場合は脳に障害がない限り左右連動しているのでその点やりやすい。今回の場合は顔を正面に向けたまま眼球だけをできるだけ右側の物を見るように動かすのがリハビリと筋トレになる。
直ぐにはできなくても眼球を動かそうと試みれば脳からの信号は障害されている部位までは必ず届いているので少しでも神経が器質的に残っていればその信号は僅かでも筋肉まで到達しているはずだ。
例えば器質的に60%生き残っていても機能的に90%失われているように見える運動障害もある。その時は生き残っている機能の6分の1しか働いていないことになる。だから見かけはほとんど機能を失ったように見えるのだ。しかしそんな時、適切な治療に加えて積極的にリハビリをすれば最大60%までは機能が戻ってくるはずだしそうなる。これをやらないのはあまりにも勿体ない。
10/27 複視の症状は大きい変化はないが元々強かった肩こりがほとんどなかった。
11/8 風邪を引きかけたがお灸(ねりもぐさ)をしたら直った。複視はまだある。
治療)ほぼ前回同様の選穴をした。
11/21 11月の定期検査の結果は像のずれ幅は三分の一くらいに改善された。斜視は近位で4°、遠位でのずれが25°
家庭でのお灸(ねりもぐさ)は左合谷・左三里・右太衝(三里と太衝の取穴を左右逆転させた)
12/3 11月27日朝起きたら右顎が痛んで大きく口を開けれなかった。翌日は少し楽になった。28日はK医療センターでの頭部MRI検査は異常なし。
治療)斜視の治療は通常通り行うが顎関節周囲の筋群に緊張と腫れがあるのでその処置と頚肩部の緊張を緩める処置も加えた(省略)
12/10 特になし
12/17 特になし
12/21 年末の自営業の繁忙期で腕肩の筋肉を傷めた。治療はその症状を踏まえて局所に散鍼。
12/28 筋肉痛はかなり収まってきた。
1/17 正月休みが入って筋肉痛は治まった。
2/1 定期検査では斜視は近位で4°遠位で25°
2/8 特になし
2/15 特になし
以上基本的には初回同様の治療
2/23 2月19日眼科で定期健診;近位でのずれは4°と変化はなかったが遠位では20°に改善。
像のずれを強く意識していない時間帯も出てきた。像のずれは(16~20)
3/1 特になし
3/6 特になし
3/12 特になし
3/21 眼科での定期検査の結果は近位のずれは4°遠位は20°で変わらないが像のずれは(14~20)と改善。
現在も週1回のペースで加療中。まだ検査結果も自覚症状も思ったよりも動いているので諦めずこのペースで継続治療を計画している。