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変形性膝関節症の96歳になるおじいさん。両膝が歩く時痛くて辛いということで受診された。症状を聞くと歩く時関節がきしんで一歩一歩に痛む、最近は黙っていてもうずくように痛む。それ以外は食欲もあるし特に気になることはないらしい。問診していてとても96歳とは思えない。肌艶もいいしやや太り気味だ。76歳と言っても通る。
しかし、診ると両方の膝はかなり変形していてO脚が顕著だ。右膝は炎症性の熱感もあり腫れている。滑液包に水も溜まっている。左膝も水は溜まっていないが同様に変形がある。なかなかキビシイ状況で到底完全治癒は望めない。もちろんご本人もそれは分かってあってそこまでは望んでおられない。「手術は望んでいないし痛みがもう少し軽くなって楽に歩けたらそれで良い」と言われる。
付き添ってきた家族に聞くと膝以外は至って健康で今でも畑仕事をしているという。家族としては危ないので畑に行くのを止めてもらいたいのだが本人が言うことを聞いてくれないらしい。

「畑仕事さすとですか~!?」
「はい。鍬も使います」
「え~!耕すんですか?膝は痛くなかとですか?」
「はあ。痛いのは歩く時だけ。それがこの頃は黙っていても痛むようになってきました。何とかならんでしょうか・・・」

状況はなかなかキビシイが僕は諦めの悪い男で患者さんが諦めない限りこちらから諦めることをできない。
出来ない理由は性分でもあるのだが今まで「駄目かも・・・」と思っていた症例が驚くような良い結果を出すことがあるのを何度か経験しているからだ。

「何度か」だ「何度も」ではない。

おまけに自分が治したと言う実感も無い。「凄い生命力だなあ!」とか「ついてたなあ・・・」とか患者さん頼りだ。それでもそこに僕も関わっていて何らかのお手伝いは出来たという気持ちはある。だから簡単にはこちらから諦める気にならない。とにかくやるだけのことはやってみたい。

まず、関節に溜まった水だがこれは「そば粉湿布」が一番。からだに起こる症状は特別な場合を除いて体を守るために必要な現象だ。水が溜まるのもそう。本人は腫れて痛んだり曲げにくかったりとつらい事ばかりだが滑液包にいつもより水が溜まって関節の骨同士がぶつかり合ってこれ以上傷つけ合わないように引き離してクッションの役割をしたりギブスの役割をしたりしている。だから原則として水は抜かない方が良い。しかし理屈はそうだが時に過剰に水が溜まることがある。こんな時そば粉湿布をすると必要充分な水を残して余分な水は抜けてくれるからそれだけでも随分楽になる。イチオシの民間療法だ。注射で抜くより余程的確で安全だ。

炎症は単純な使い過ぎからくるものであれば使い過ぎをなくして鍼治療をしていけば何とかなる。使い過ぎの一番は体重オーバーだ。しかし体重コントロールこそ患者さんにとって一番難しいテーマだ。このおじいさんにとってもこれが一番難しい。まず高齢ではあるが膝を除いては至って健康なので極端に生活習慣を変えたくない。高齢な方のからだは変化を好まない。残念なことにおじいさん健啖で畑仕事と食べることが楽しみなのだ。まあ、やるだけやってみよう。

治療を開始して2ヶ月。そば粉湿布の効果もあって水は抜けたし炎症性のうずく痛みも取れた。しかし歩く時の痛みは相変わらずだ。

そうこれからの問題はおじいさんの体重だが先に述べたように高齢なので生活習慣を変えさせたくない。どうする。

「膝の腫れも熱も取れましたね」
「痛みはどうですか」
「うずきはなくなったばってん歩けば相変わらずギシギシ痛みます」
「そうですね。おじいさんの今の体重だと腫れが引いても熱が治まっても歩けば痛みますね」
「この状態で痛みを軽くするには体重を減らすか筋力を増やすかですがご高齢なので無理が出来ません」

「でも。まあ!100歳になる頃には自然と痩せて来るはずだからそれまで待つのが一番無理のなか方法ですね。」

「その代わりそれまで(100歳)にあと4年ばかりあるから最低今の状態ば維持していかんばです。そしたら何とかなると思いますよ。今すぐに治しきらんで申し訳なかとばってん僕の技術ではこれからが時間がかかると思います。そこに行き着くまで僕も頑張るけんおじいさんも怪我ばせんごと用心してくださいね。」

「100歳ですか!?」

「はい。100歳です」
「直ぐに治しきらんですみません」
「でも体重が今より減ってくれば今の膝の状態でも痛みは軽くなると思います。おじいさんはまだからだが若いから沢山食べられるし食べたものが身になってしまいます。でも100歳くらいになるとさすがにからだが小さくなってくるはずだからそれまでにこれより悪くならなければ今よか痛みは軽くなると思いますよ。そうしたら畑に行くのも今より楽になるはずですよ」

「畑!」

「そう。家族は畑に行かれることを心配されているけれど是非、畑仕事は続けてくださいね。今止めちゃうと筋力ががた落ちするし生活のリズムが変わってしまって良い事無いから。」
「たしかに、転んだりする心配はいっぱいあってリスクはあるけれど安全を願って畑仕事を止めて筋力トレーニングをして筋力維持する方法にはまた違ったリスクがあります。どちらにしてもリスクはあります。それならおじいさんの好きなことをしている方が良いと僕は思っています」

「畑も良かとですか?!」

「はい。その方が良かと思います。でも、ご家族が心配なさっているからくれぐれも怪我のないように用心してくださいね。」
「まあ、いくら用心していても、それでも転ぶときは転ぶとばってんね。畳の縁に引っかかって転ぶこともあるしそのときはその時ね」
「はい。よろしくお願いします!!」

おじいさんの眼はキラキラして声は青年のような響きになった。

少し良いことをしたみたいで僕も心が弾んだ。