中国発のコロナウイルス感染は今やパンデミック寸前までの規模になってしまった。
報道がされてから今まで東洋医学者としてずっと注視してきたことがある。
病名治療の西洋医学と違い東洋医学は対証療法であるから未知も既知も区別なく目の前の症状を弁別すれば治療方針は正しく立てられる。
おそらく特効薬とはならないだろうが重篤化を防ぐには東洋医学は有効な手段のひとつになると確信している。
たとえば最近、インフルエンザと診断されると麻黄湯が処方に加えられるケースが増えてきているがそれがその良い例だ。
専門的に言えばインフルエンザ=麻黄湯と言うのでは決してないのだがインフルエンザの場合ザックリととらえれば麻黄湯でカバーできるケースも多い。
だからコロナウイルスは中国発だったのでしばらくしたら重篤化を防ぐ効果的な漢方薬の処方が示されることを当然のように待っていた。
しかし、私の知る限り未だに何の発信も見当たらない。それで自分で証を立ててみたいが情報が少なくてどうしようもない。
喉の痛みは喉のどの辺りにどんなふうに痛むのか?
咳はどんな咳なのか?乾燥した咳か?湿潤な咳なのか?
痰はあるのか?色は?粘稠度は?
脈状は?
腹は?
その他の症状は?等々
40年前学生の頃、香港人の尹浩明(ワン ホーミン)さんから聞いた話を思い出した。
尹さんは北京中医学院で学んだ人で当時は明治鍼灸短期大学で私と同期だった。
ある時、彼は中医学教授の黄先生から傷寒論紹介の小冊子の翻訳を依頼されたのだが彼はひとりではできないと私に翻訳を手伝ってくれと言ってきた。
彼は日本語はペラペラでダジャレだって下手な日本人より笑えた。
その彼が翻訳に自信ないから手伝ってくれと言うのだ。
実は日本語はペラペラだが大阪弁しかできないのだ。
本に書けるような日本語はできないと言う。
だから、彼が翻訳した大阪弁を論文調に直してくれというのだ。
とても光栄なことだったが当時私は湯液学をほとんど身につけていなかったので彼が語る内容が充分理解できなかった。
これではまともに翻訳なんてできないので先ず私が湯液学の基礎を学ぶ必要があると思って彼に湯液学の教授を請うことにした。
お陰で湯液学の基礎は身に付けることができた。
前振りが長過ぎたがその時に彼から聞いた話を今回思い出したのだ。
ある時、私が「日本では東洋医学(鍼、灸、漢方など)は歴とした医学であるのに西洋医学と比べると法的にも世間的にも低く見られているが中医学は中国国内ではどういう位置付けにあるのかな?」と聞いたところ彼の返事はこうだった。
「実は中国国内でも日本と同じで西洋医学の方がステイタスがあって学生にも人気だよ。逆に中医学に興味を持つ者は少ない。特に湯液学は熟練するまでに時間もかかるので特に後継者が少ない。今国内に屈指の漢方医が自分の師匠も含めて7〜8人はいるが彼らは既に70歳を超えている。このままでは中国から真の漢方医はいなくなるだろうね」と言うのだ。
彼のその時の予言が的中しているとすれば今回のコロナウイルスに対する漢方薬の処方が聞こえてこないのはあれから40年経った今この国難に立ち向かえる力のある漢方医が中国にはいなくなっているということかもしれない。