まずはふたつのお話から
- 秋の夜長。あなたは静かな部屋で親しい友人と二人きりで楽しく会話をしています。するとあなたの友人が「鈴虫が鳴いてるね」と言いました。鈴虫の音に気づいていなかったあなたはそれで初めて気づいてそれ以後はふたりは鈴虫の音を聞きながら楽しく談話を続けました。
- 朝、恋人が「昨日は目覚まし時計の時を刻む音が気になって中々寝付けなかったわ・・・」と言いました。そばで寝ていた彼はそんなことも知らずぐっすり寝ていたみたいです。
このふたつのお話はどちらも脳の共通する機能が働いて起こった現象です。起源を辿ると人間がもっと野生であった頃に由来します。
たとえば向こうの草むらから「カサッ」と些細な音がしたとします。その時敵か味方か見分けるために他の音が聞こえなくなるくらい集中してその音だけが特定されて大きく聞こえてくる機能と同じです。つまり音を見分けて目的の音だけをクローズアップできる機能です。
それが心地よいことに繋がったのが「鈴虫の音」、不快感となったのが「時計の音」です。この機能は今も多くの動物には生命(種)を維持するためになくてはならない機能として働いています。昔は人間もそうだったのでしょうが今はそういう生命の危機管理に使われることは一般の環境の人間ではまずありませんね。
ところでこの機能に一番悩まされているのは「耳鳴り」のある方たちです。
体の中は音だらけです。筋肉のきしむ音や関節の音・心臓の鼓動・血液の流れる音・呼吸音といった実際に音として捉えられるものから神経伝達の電気的雑音まで様々です。一般的な耳鳴りも元々あった雑音が加齢などによって少しボリュームアップしたのを運悪く気づいてしまった状態です。
脳の聴覚の領域にはこういう情報がいくつも入ってきているのですが普通は必要ない情報だとその音をカットしてしまいます。ところがそれが必要な情報だと判断するとその音に「ロックオン」してクローズアップしてしまいます。最初の「鈴虫の音」のときははじめ必要ない情報としてカットされていたのが友人の一言で必要な情報として置き換えられたので以後聞こえるようになったのです。「時計の音」はたまたま意識してしまってその音を脳が「ロックオン」してしまったので音が大きくクローズアップしてしまったのです。耳鳴りはこの後者になります。気にしなければカットされるはずの音が忌み嫌えば嫌うほど「ロックオン」を解除できなくなってしまうのです。
耳鳴りが気になりだしたら基礎疾患の有無を確かめる必要はありますが特に異常がない場合は「対峙せず戦わず」がコツです。気にしなければ必要ない情報として「カット」されるはずです。
*)治療をして消えてしまう耳鳴りもありますから最初から諦める必要はありません。
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