今年、英国ロイヤルバレエスクールを卒業しポーランドのワルシャワバレエに入団することになったKenちゃん。
ロイヤルの卒業試験に向けて難しい振付を何度も何度も練習をしていて左の足首を傷めたらしい。
卒業試験も終わって2か月以上経って今はそんなに無理もしていないしドクターやトレーナーには診てもらっているけれど痛みが完全には取れていないという話をkenちゃんの身内の方から聞いた。Kenちゃんはスクールが休みになると普段は日本に帰ってきているから今回もそうだろうと思い込んで「治りが悪いようだったらKenちゃん帰ってきたときに診てあげましょうか?」と軽く請け負ってしまった。
「必ず治るからね。そのうち治るからね」
「でも痛いの無理して使ったらダメだよ」
気楽にそのうち治るからそのきっかけと養生の仕方をアドバイスすれば良いからというくらいの気持ちだった。
まあ、旨く行けば僕が鍼をしてそのきっかけをつくってやれば近いうちに治るだろうとは思っていた。
直ぐに結果を出さなければならないという切羽詰まった気持ちは僕の中にはなかった。
足の状態はと言うと、左踵骨と距骨で作る後関節面の傷害。発症の経緯を考えると傷めた時に関節からの音を聞いておらず内出血もなく日が経つにつれ次第に痛みが顕著になったみたいだから靭帯や腱の一部断裂とかはなさそうだ。
また最初から普通に歩く分には痛みはない。ただ足関節のこわばりは常にあってバレエ独特のあの足関節を過度に底屈させて下腿から先がまるで一本の棒の様に真っ直ぐになる形(ポーズの正式な名称を忘れてしまった)をすると余計に突っ張る。更に伸ばす(常人にはできない関節の可動範囲!)とズキンッと痛みが起きて思うように踊れないらしいので過度に底屈させた時のみに傷ついている部位に負荷(おそらく過度に底屈した時にだけ傷ついた部分を圧迫して刺激していると思われる)がかかっていると考えて良いと思う。傷付いている部分は極狭い範囲だ。また自発痛がないのは炎症がないか殆どない証拠だ。
彼はここに来るまでにイギリスで西洋医学的な検査や治療は十分受けていたのだが特に整形外科的に問題のある所見は見当たらないと説明されていたようだ。
やはりイギリスでも日本と同様に西洋医学的に診れば症状があっても理学的検査所見がなければ異常なしというのかな。その点、東洋医学は臨床家の感じるままを言えるのでお喋りの知ったかぶりの僕の性分に良く合っている。
1回目の治療は傷付いた部位が明らかに腎経の流注だから絞り込んでアプローチしやすい。またこわばり感は傷ついたところを守ろうとする防御反応でこれに関わっているのは胃経の流注だ。まずこわばり感を和らげる為に胃経の子午、心包経の内関穴にステンレス0番8分を和的に刺鍼した。1分くらい手技をしたところで足関節を伸ばしてもらうと痛みは取れないが周りのこわばった引き攣りが和らいだとKenちゃん驚いている。
次に子午的に大腸経を診て右の合谷穴に同じように刺鍼してまた足を動かしてもらった。今度は痛みの方も幾分和らいだ。その後は踵部、前脛骨部に散鍼した。
術後右合谷穴と左照海穴に灸点を付けて自宅で「ねりもぐさ」をやってもらうことにした。
2回目は同様の治療を施した。
3回目は痛みの部位が小さくなって殆どピンポイントになってきたので同様のアプローチの他に傷付いている部分に直接鍼を打った。Kenちゃんには「今日は随分痛みを感じている場所が絞り込まれてきたから傷付いている部分に直接鍼をしますね。怪我をした時は傷付いた部分はその怪我をした時からしばらくが治ろうとする力が最大で慢性化してくるとその力はグーッと落ちるんだよね。で、そんな時は改めて傷を付けると治ろうとする力が上がるんだよ。新たに傷付けるといってもほんのちょっときっかけだけで良いんだけど鍼はその点丁度良い太さなんだよ。だから今日は治ろうとする力が落ちてしまっているところに直接鍼をしますね。ただ傷付けると言ってもいつもと変わらないくらいの鍼だから心配しないで良いよ。もし鍼が終わって痛みがあるようでも無理をしなければ大丈夫です」と説明した後ステンレス0番8分で関節面の過伸展した時に踵骨が初めてぶつかる部位に1.5cm程刺鍼して0.5mm程抜き差しした。
4回目は前日久しぶりに踊ってみたそうだ。最初はこわばりはあったが痛みはなかった。しかししばらくして痛みが出てきたのでその時点でやめてみたら次第に痛みは治まって今日はいつもぐらいに戻っているらしい。
治療は1・2回目と同様のことを施した。
5回目いよいよ明日はワルシャワに発つという日。「Kenちゃん。今日はこの前やった直接傷ついているところにもう一回鍼をしておくね」と言って3回目と同じような方法をとった。
「今日で僕の治療は終わりだけれど傷はまだ完全には治っていないので痛みがある間は無理しないでね。こわばっているのは傷を守ろうとする防御反応だから傷が治ったらとれるよ。傷が治るきっかけは作っているからね。必ず治るけど無理したら駄目だよ。また休みになったら診てあげようね。」と言って治療を終了した。

2週間ほどしてKenちゃんの消息が入った。その後、ロンドンからワルシャワに入ってからは痛みもなく無事に入団して住まいも決まったらしい。
その時聞いた話だがワルシャワバレエに入団は内定していても入団前に怪我とかがないか厳しい健康診断があるらしくちょっとでも怪我とかあると採用は保留らしい。実際Kenちゃんと一緒に内定を受けていた人は怪我が治っていなくて本採用は保留のままだそうだ。
まるで大リーグの入団時みたいだ。
そんな切羽詰まった状況だとは知らなかった。おまけに今回は日本に帰ってくる予定はなく本当はロンドンから直接ワルシャワに入るはずだったらしい。その予定を変更してただ鍼治療だけの為に帰国したなんて知らなかった。Kenちゃんもそのご家族も謙虚な方ばかりなのでそういうことをわざわざ言われないから知る由もなかった。
知っていたら小心者の僕だからあんな風にリラックスしてはできなかったかもしれない。
今回は旨くいったから良かったが振り返って今になってビビッている。
ヨカッタ・・・